f:id:linoB39:20180628224838j:plain私は一昨年までフルタイムでカウンセリングの仕事をしていました。

朝早くから夜遅く迄働く毎日。

週末は小学一年生から始めた息子の野球に付添い、強豪高校へ行くために寮生活を始めてからは、車で片道3時間かかる道程を毎週末通い←今思うと、よくあんな過酷な日々を過ごしていたな〜と自身でも関心する程の時間を過ごしていました。


このまま定年退職迄仕事を続け、老後はこの家で1人暮らしをするんだろうなぁと、なんとなく思っていたあの頃。

それを変えたのは、彼との出会いでした。


当時息子は野球を引退し、次の目標を海外に設定したのです。

私は高校卒業後は自宅に息子が戻って来るものだと思っていたので、再び私の元から離れる決断をした彼の想いを尊重しなければという気持ちと、今度はもっと離れてしまい直ぐには会えない距離に行ってしまう寂しい気持ち、そして週末をどうやって過ごせば良いのだろう?

という十数年間ルーティンでやってきた時間と体力のやり場の喪失に、燃え尽き症候群の様な症状が出てしまっていました。


なので彼との出会いは、タイミング的にも良かったのかも知れません。


その症候群を脱するために、抵抗力として考えたのが、今後は私自身が生きる場所を見つけて、私自身の為の人生を歩いても良いんじゃないか?と思うようになったことです。

そうしたら、急に仕事がかなり私の精神的なストレスと時間を奪っていると確信する様になり、退職することを真剣に考え始めました。


でも、息子はこれから大学生。

増して海外留学では相当お金がかかる。

仕事を辞めたら、そのお金はどうなる?

いろいろ、本当に悩みましたが、昔から

「なんとかなるさ!」

精神の持ち主の私は、奨学金申請をし将来息子が返還することを約束出来るなら、留学しても良いことを息子と話し、今直ぐにかかる費用は貯金で賄うことで、退職するまでの間はとにかく貯金を少しでも多くすることに徹して、退職を決意しました。

こういう決意は連鎖するもので、とても格安で面倒見の良いホストファミリーの所にお世話になることが出来たり、家族が援助を申し出てくれたりしたおかげで、何とか息子の留学生活は無事に3年を迎えることが出来ています^o^


退職後は、ハローワークで失業手当を受給しながら職業訓練校に通って、久しぶりの学生生活を3ヶ月間楽しみ、初めてのTOEIC試験、貿易検定の試験を受けました^ ^

その後彼のところに長期滞在し、彼が日本に私に会いに来た日から、久しぶりにゆっくり2人の時間を過ごせたことも、退職しなければ得られなかった経験になりました!


そして帰国後…

アメリカ滞在中から転職活動をし、いくつか書類通過をしていた会社の面接に行き、今の英会話スクールカウンセラーの仕事を選びました。

いつかはアメリカに渡米するだろうという予定から、パートタイムで時期が来たら辞めることが出来ることと英語に携われる仕事に就きたかったという理由です。

最低時給だし、パートタイムの割に責任を課せられる役割、そして辞めるには最低3ヶ月前に意思を伝えないとなかなか辞められないという、入社してから分かったデメリットもたくさんありますが、英語に触れることが出来る毎日はとても新鮮で楽しいです。

そして英会話に高いお金を出して通う生徒の志に勇気付けられ、この仕事に就けて良かったと思える毎日です。

実は、このまま辞めたくない気持ちも出てきています…笑


ただ…貯金は底をつき先日の銀行残高は15,000円!

そりゃそうだよね。

前の仕事の1/3の給料だもの…


貧乏50代の女は、精神的に充実した日々と引替に

切り詰め生活の貧困な日々を手に入れたのでした!(^^;